社長の呟き その8 《はし休めー日本橋倶楽部会報より一部抜粋ー》  2016.1~2016.12
『はし休め 2016.1』

昨年は三の酉まであったが、果たして火事は多かったのだろうか?
「火事と喧嘩は江戸の華」、 ほぼ3年おきに起こった大火災の中でも3日間に渡り、10万8千人の江戸っ子とともに世界初の百万人都市を焼き尽くした「明暦の大火」はまさに三の酉まであった年に起きている。
当時3年続けて同月日の1月18日に恋の病で亡くなった17歳の3人の娘がいた。同じ振袖に袖を通した凶を絶つため、明暦3年(1657)1月18日、本郷・本妙寺にて焼き清めようとしたところ、強風にあおられた火まみれの振袖が江戸八百家町を火の海へと落としめた。
この別名「振袖火事」は江戸城天守閣をも焼失せしめ、以降再建されることはなかった。
皇居東御苑にその石垣を残すのみとなった天守台跡から眺めるお江戸は今年も元旦から多くの振袖姿で賑わい、今や大火を寄せつけない高層ビルは初日の出に映え、燃えるように聳え立っていることだろう。
                           
『はし休め 2016.2』

正月気分も去り、もう節分を迎えるが、取り残した新年会はもとより忘年会までも引きずり未だ友人らと楽しんでいる諸兄も大勢いるだろう。
しかし一月十七日の阪神・淡路、三月十一日の東日本という二大震災に挟まれ、大事な家族や友人を失った多くの方々はたとえ日数は短くとも長く辛く感じる二月でもあろう。
今年はうるう年である為、実際に今月は一日長い。
太陽暦と地球の自転速度とのずれを4年に1度修正する為のしくみだが、この太陽系に第9番目の惑星の存在する可能性をカリフォルニア工科大学が先月発表した。発見されたら、天王星、海王星に続き新王星とでもなるのだろうか?
まだ見ぬ夜空の新天(店)にワクワクしながら、その輝きに惑わされる愉しみがまた一つ増えてしまった。

 『はし休め 2016.3』
                       
「姑息」嫌な字だと母が良く言っていたが、嫁は嫌い、溺愛される幼い孫たちは好きなどと軽口は叩けない。
「暫らく」の「休息」から「その場しのぎ」を意味し、「卑怯」「ずるい」では決してない。
「女の足駄(あしだ)にて造れる笛には秋の鹿寄る」女性の色香に惑わされる男はいつの世も女性の「姑息」に翻弄されているが、素敵な女性と同行している時、通りすがりの女性の表情からその同伴者への厳しい評価が読み取れ、「女の敵は女」と笛に弱い都会の鹿どもは鹿脅しにあったようにすくみあがる。
「女三界に家なし」女性は順次、「親」「夫」「子」に従っていく定めと昔から言われるが、現代は既に「男三階にもどこにも居所なし」の為体ぶりだ。
しかし三月は敬愛してやまない姑から姫たちの雛祭り、無謀にも懲りない夜の檀家周りが始まる。
         
『はし休め 2016.4』

三月、島根県安来市の足立美術館にて魯山人の言葉に出逢った。
「なんでもよいから自分の仕事に遊ぶ人が出て来ないものかと私は待望している。(中略)仕事を役目のように了えて他のことの遊びによって自己の慰めとなす人は幸せとはいえない。政治でも実業でも遊ぶ心があって余裕があると思うのである。」慰めの遊びさえも持ちあわせていない自分に気付き、唖然とさせられた。
四月から新社会に出帆する人達にこのことを伝えるには勇気がいる。
過去「学生時代に学んだことをそのまま社会で活かせる者は幸せ。
これからは新しいことを学び・・・」と“遊び”との住み分けを幾度となく若者に訓じてきたことか。
“書く”ことはもとより、恥を“かく”ことにさえ遊べない小欄にとって、仕事に遊ぶ努力とは重すぎるが、これが達人の成せる技の原点なのかもしれない。
せいぜい仕事がてら観桜に遊ぶを努力目標としよう。

『はし休め 2016.5』

「江戸っ子は五月(さつき)の鯉の吹き流し」
口は悪くとも、五月の鯉のぼりのように腹の中には何のわだかまりもない江戸っ子のさっぱりとした気質を言い表しているものだが、最近は「五月(ごがつ)病」などと呼ばれるウエットな病気もあるくらいで、この表現も化石化しているようだ。
伊達の薄着で「宵越しの銭は持たねぇ!」などと豪語する猛者もいないし、すぐに「鯉口を切る」なんて短気ももう存在しない。
一方、「江戸っ子は五月(さつき)の鯉で口ばかり」とも言われる。
「五月蝿い(うるさい)わね!」などと言われる前に「さっきは“恋”の聞き流し?」と五月らしく、さらっと粋に異性に囁いてみたいものだ。
 
『はし休め 2016.6』

半世紀前の1966年6月29日、ビートルズは最初で最後の日本公演を武道館で行った。
米国人気TV番組「エド・サリヴァンショー」に1964年2月9日から3週連続で出演後、瞬く間に人気バンドとなったマッシュルーム・カット集団の世界ツアーは1966年6月24日から3日間のドイツ公演からスタートした。
そして次に向かった国が日本。
本年3月に90歳で亡くなったプロデューサーのジョージ・マーティン氏は名曲「イエスタデー」に初めて弦楽四重奏を使うなど、今までの常識を打ち破る新しいスタイルを彼等とともに創りあげた。
早世したマネージャーのブライアン・エプスタイン氏と彼がいなかったら、他社のオーディションでは落とされ続けていたビートルズは世界のそして世代を超えて愛される存在にはなっていなかった。
武道館でのロック・コンサート初開催は当時異論も多かったようだが、今となっては「It seems like only YESTERDAY ! 」

『はし休め 2016.7』

「火事と喧嘩は江戸の華」とは江戸っ子も随分荒っぽいことを言ったものだ。
しかし、これは江戸・町火消しの威勢の良さを表現したもの。
お江戸265年の間に大火は96回、三年に一度おきている。
木と紙でできた家々を破壊して延焼防止するのが当時の消火法。
火消は先陣を争って屋根に上り、纏を振り上げ、打ち壊す家を示し、火事場を仕切る組同士の命がけの喧嘩となる。
因みに「いの一番に駆けつける」とは江戸城に最も近い「い組の一番」から来ている。
真っ暗な夜空に真っ赤な火花、江戸時代の野次馬は現代の花火大会のようにパーフォーマンスとして火事を観ていたのかもしれない。
会員の煙火店「丸玉屋」小勝さんの声はまるで遠雷のように太く、ずどんと響く。
華火師の安全に必要不可欠なDNAは導火線のように延々と引き継がれている。
今夏七月も夜空の鮮やかな華と轟き渡る音とともに訪れる。 
      
『はし休め 2016.8』

永六輔が八と九に再会するため遠くへ逝ってしまった。
八・九とは作曲家・中村八大と歌手・坂本九。
この六八九トリオで名曲「上を向いて歩こう」を昭和36年、世に送り出した。
中村メイコが神津善行と結婚すると告白したところ、六輔の目からポロポロと涙がこぼれ、この失恋歌が生まれたと言う。
さて浅草生まれで洒脱な彼は『「粋」は「米」を「卒業」すると書き、「米が立って」粒揃いになる様』と語っている。
混ざりけが一切無く、キメ細かく、そしてさりげなく洗練されている風体や気性。
関西では“すい”と読み、「不粋(ぶすい)」は嫌われ、関東では「野暮(やぼ)」は「粋(いき)」に縁がない。
ところで八十八、九十と書いて「粋」。
八十九が抜けているが、どんな桁数の数字でも各位を二乗して足し算をすると不思議だが一か八十九に必ず行き着く。
「粋」を地で行く細田前理事長は今月八十九歳になられるが、この見えない「字間」を経てさらに「粋」を極められことだろう。
             
『はし休め 2016.9』

「酔い醒めの水 下戸知らず 」とは言い得て妙である。
自然を詠む俳句と違い、季語不要の川柳は春夏秋冬、毎夜同じ繰り返しの呑兵衛にとって居心地は良いが、「江戸っ子は宵越しの金(銭)は持たぬ」の故事に至ってはただのやせ我慢だなとつくづく自省。
「戸」とは律令制での課税単位、その税額によって婚礼時での酒量を大・上・中・下と定めたことから酒に対する強さを表すようになった。
八月のリオ デ ジャネイロ・オリンピックの生中継は昼夜真逆のため、小欄はとっくに前後不覚となり、「宵越しのメダル 上戸(漏斗)知らず」となることしきり。
日本の金メダル12個は16個の東京大会、アテネ大会に及ばなかったものの、メダル総獲得数41は過去最多だ。
再びリオを舞台として今月7日から12日間、パラリンピックの躍動が見られる。
さて4年後の東京オリンピック・パラリンピックはお膝元、吉報は「宵(酔い)前の金(きん) 江戸知らす」と期待したい。

『はし休め 2016.10』

「春夏秋冬」 秋のみ“偏(へん)”と“旁(つくり)”から成るが、それぞれの四季を“旁”として彩った美しい漢字がある。
「椿(つばき)榎(えのき)楸(ひさぎ)柊(ひいらぎ)」
「鰆(さわら)魚夏(わかし)鰍(かじか)鮗(このしろ)」
「楸」を店名にした老舗オイスター・バーが銀座にあるが、なるほど秋の旬を“飽き”ることなく味あわせてくれる。
「さんま」が「かじか」になぜ席を譲ったか不思議だが、「秋刀魚」の字には先人の視的感性が溢れて出ている。
「鰍」はその容姿を“愁う”必要はない。
「ゴリ」「ドンコ」などと呼ばれ、焼物はもとより汁物や骨酒まで味では少しも引けを取らない。
さて明治41年以来、日本橋本町の薬種商達によって執り行われてきた「薬祖神祭」が33年ぶりに遷座された新社殿にて今月行われる。
神殿を囲む石柱には寄進により日本橋倶楽部の名も刻まれている。
秋酒「ひやおろし」をお神酒に訪れて頂きたい。
    
『はし休め 2016.11』

先日、ブルックナーの交響曲第7番をズービン・メータ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で聴くことができた。
ブルックナーの作品中、最も成功したこの交響曲は1885年、ルードヴィヒ二世に献呈されているが、第二楽章アダージョは1883年に亡くなったワーグナーに捧げられた。
このバイエルン国王はパトロンとしてワーグナーを寵愛し、ブルックナーはワーグナーを師と仰いだ。
日銀本館や中央停車場(現東京駅)を設計した辰野金吾は出身地唐津で英語を習った恩師高橋是清の後を追って上京する。
工部省工学寮(現東大工学部)に入学し、鹿鳴館、開東閣、三井倶楽部などを設計した英国人コンドルを師として大成功を収め、日本橋・北詰にあった「帝国製麻ビル」も設計している。
いま1896年竣工の日銀・本館を室町三丁目の交差点から眺めることができる。
ここからこの先百年は拝めなくなるだろう秋陽に翳る花崗岩の建物を眺めながら、辰野も師とともに渡った名橋・日本橋まで歩くのも楽しかろう。 

『はし休め 2016.12』

過日、「箱根駅伝ミュージアム」を訪れる機会があった。
早稲田、慶應、明治、東京高師(現筑波大)の四校が出場した大正九年の「四大校駅伝競走」から始まったこの余りにも有名な駅伝の現在名は「東京箱根間往復大学駅伝競走」。
関東学生陸上競技連盟が主催するため関東の大学のみ出場権を有する。
第75回(1999年)大会から復路の第10区は日本橋を渡って、読売新聞本社前のゴールへ向かうように変更された。
これは「名橋・日本橋保存会」などの地元団体が東海道の始点である日本橋を通過する意義を熱心に説いたからである。
橋から1キロメートル先のゴールまで、シード権をかけた熾烈なドラマは橋北詰を左折してから幕が開くが、江戸時代から続く老舗眼鏡舗の十四代目当主が「駅伝も室町三丁目の交差点まで来てくれないと『益出ん!』」と呟いていたのを思い出す。
お江戸日本橋の新年は三日昼九つ半から箱根からの疾風で明ける。


文責:小堺化学工業㈱ 日本橋倶楽部広報委員長 小堺 裕一郎     
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