食のサロン その49 《江戸前鰻の話⑤ 蒲焼はお重で食べる?》
本来江戸前の鰻重のご飯は天重等の他の重箱物とは違っていた。
注文を受けてから鰻を割いて焼きは始めるが同時に米を砥いで火にかける。
炊きあがりと同時に蒲焼が焼きあがるように頃合いを見て調理してゆく。
炊きたてのご飯を蒸らさずに重箱によそってその上に蒲焼をのせて蓋をして重箱の中で蒲焼の香りと共に蒸らすのである。
客が来るたびに鰻を調理するのはもとよりご飯もその都度炊く事になる。
昔はこの方法にこだわった鰻重を提供する老舗も多かったが今は殆ど無くなってしまった。
それでも十数年前まではこの方法で鰻重を提供する店が残っており、そんな鰻重を食べると店の心意気に感激もしたものである。
もっとも鰻重を食べて焼き立ての暖かいままの蒲焼が、鰻の香りをまとって蒸されたご飯にのっていると、わかる客も少なくなってしまったのも事実である。
そのような店では運ばれた鰻重の蓋をすぐには開けずに、鰻とご飯が重箱の中で蒸されるタイミングを持って蓋を開けるのも鰻通と言う事になる。
現代の感覚では一般的に少し軟らかめのご飯よりも、しっかりと蒸らした少し硬めのご飯の方がおいしいと感じるのかもしれない。
鰻好きを納得させるこだわった鰻重を食すのも今は昔の話となりつつある。
なぜそのような方法で鰻重を提供したかと言うと、蒲焼の香りを逃さない事と暖かい鰻を提供する事に目的があったと考えられる。
鰻の蒲焼をおいしく食べるにあたっては温度が大切になる。
一般に鰻のたんぱくやコラーゲンは40度から70度位の温度で食すのがおいしいと言われている。
確かによほど蒸しを聞かせた鰻で無い限り冷めた蒲焼は食べにくい。
以前は蒲焼を入れる容器は、重箱を二重にして底の方にはお湯を入れて冷めないように提供する店もあった。
上野池之端にある「伊豆栄」では、宮内庁御用達の鰻は冷めないようこの要領で暖かい蒲焼を運んだと聞いた事がある。
ふっくらとした蒲焼はやはり焼き立てを食べるのが一番と言う事になる。
赤坂に「重箱」と言う変わった店名で江戸時代創業の老舗鰻料亭がある。
子供の頃に立派なお重で蒲焼が提供される店と聞いた記憶があり、以来鰻重の重箱に由来する店名なのかと勘違いしていた。
久保田万太郎の「火事息子」はこの「重箱」をモデルとして書かれており、その中に店名の由来が書かれている。
それによると浅草の山谷にて、初代が鯉こくや鰻飯を出す店を創業し繁盛した。
近くに重箱稲荷と言う小さなお稲荷さんのお宮があり、その地の鰻屋と言う事で重箱の鰻屋と呼ばれるようになりそれが後に店名になったようである。
久保田万太郎は重箱稲荷を世にも珍しい名前の稲荷と書いているが、そのいわれは記されていない。
調べてみると、三代将軍家光が鷹狩りに行き鷹を放したがどこかへ飛び立って戻ってこない。
どうした物かと困っていると近くに稲荷のお宮があり、そのお宮に弁当として持参していた重箱を供えるとその鷹が舞い戻って来て鷹狩りを続けたと言う逸話に由来するらしい。
もっともこの由来のある稲荷は品川区にあるらしく、浅草山谷にあったとされる重箱稲荷はその末社なのかは定かでは無い。
子供の頃に思っていた勘違いも元をたどれば食べ物を入れる重箱に行き付いたようで面白い。
ちなみに久保田万太郎と当時の「重箱」の主人は浅草の小学校の同級生であったと言う話である。

                                                         文責:青木知廣
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by kosakai_blog | 2014-04-30 16:02 | 食のサロン
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