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食のサロン その17 《江戸前鮨の話 ⑩》 
東京日本橋のたもとには魚市場発祥の記念碑が建っている。
この碑文には今の日本橋室町の一帯はことごとく鮮魚の市倉なりとあり魚河岸はこの辺りにあったとされる。
江戸時代の初め徳川幕府は江戸城内の台所をまかなう為大阪佃村より漁師を呼び江戸湾内で漁をする特権を与えた。
漁師たちは取れた魚を幕府に納め残りを日本橋で売るようになりそれが魚河岸の始めとされる。
江戸時代中ごろには魚河岸では日に千両の金が動くと言われるまでになった。
大正12年9月関東大震災が東京を襲い多くの被害を出した。
日本橋一帯も焼き尽くされ魚河岸はその幕を閉じた。
震災直後は芝浦に仮設市場が設けられたが交通の便が悪く海軍省から築地の用地を借り受け東京市設魚市場とした。
昭和10年にその築地の地に東京都中央卸売市場が開設されこれが現在に至る東京都民の台所、築地市場である。
平成17年の実績統計では一日3,350トン金額およそ21億円が取引されている。
江戸前鮨の話をするならばこの築地の鮨店の話もしなければ成らないだろう。
全国から集められた新鮮な魚が最も手に入りやすい所である。
築地場内で人気店といえば、「すし大」、「大和寿司」、が上げられる。
いつも行列が出来る鮨店である。
「岩佐寿し」、「鮨文」等も評判が良いようである。
本来市場へ仕入れに来る鮮魚店や料理店、場内で働く人向けの店であったろうが今や観光名所的になって来ている。
買い物ついでの主婦たちや築地見物の外人さん等で賑わっている。
場外では都内や全国に店を広げている「寿司清本店」やグループ店舗を多く持つ内の一店「築地黒瀬鮑」等の人気が高いようだ。
新鮮なネタを比較的リーズナブルに提供している所が受けているのだろうか。
朝早くから開く店もあればチェーン店の「つきじ喜代村すしざんまい」のように明け方まで営業している店もあり一日中鮨が食べられる。
価格共々TPOに合わせた鮨の町でもある。
市場の喧騒を少し避けてゆっくり鮨を楽しみたいならば「築地江戸銀」や「すし岩」等の老舗鮨店が良いだろう。
江戸銀はアナゴに火を通さず薄作りにしポン酢で食べさせたり当時ボイルがあたりまえであったタコを生で握ったりして評判を得た。
すし岩は築地にあって江戸前の丁寧な仕事をする鮨店として鮨通に好まれた。
評判を得て一時店舗を増やし拡張路線に走ったが今は適正な規模に戻し暖簾を守っている。
昔からの常連客が戻りつつあるようだ。
鮨好きとしては応援したい2件である。
この築地市場も平成28年には豊洲に移転する計画があり場内及び周辺の鮨店は今後どうなって行くのだろうか。
築地イコール新鮮な魚、美味しい鮨のブランドイメージも変わって行くのかも知れない。

                                                         文責:青木知廣
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by kosakai_blog | 2011-08-19 11:25 | 食のサロン
食のサロン その16 《江戸前鮨の話 ⑨》 
現代は食べ物で季節を感じることが出来にくく成って来ている。
野菜一つにしても一年中出回る物も多くそれが本来夏野菜であったか冬が旬であったか分からなくなってしまった感がある。
かろうじて季節を感じられるのは春の竹の子、秋の松茸位の物であろうか。
鮨においても全国はおろか世界中から集められた魚を使って握られるのであるから季節を感じ取る事は難しい。
しかし良い鮨職人は常により良いネタを仕入れる事に心血を注いでいるのでどの季節に何処のどの魚が美味いかを熟知している。
取れる場所によっても時期が変わるが鮨職人の話しでは最近は魚が取れ始める時期が早くなっているとの事である。
又取れる場所も北上傾向にあるらしくこれも温暖化の影響なのだろうか。
江戸前鮨の話でもあるので築地市場における魚の旬を聞いてみた。
春はカツオ、マダイ、サヨリ、シラウオ。夏はマアジ、カンパチ、マアナゴ、シマアジ。
秋はマイワシ、コノシロ、ホシガレイ、イシガレイ。
冬はヒラメ、ブリ、本マグロ、クエ。
その他鮨ダネではタコ、シバエビ等が10~1月アワビは8~10月。
イカ類はアオリイカ5~8月スルメイカ7~9月ヤリイカ10~3月と鮨店では使い分けているらしい。
もっともカツオのように秋の戻りガツオの方が脂が乗って美味いという人もいるしサヨリも9月が旬と言う話もある。
ともあれ日本料理は季節を味わうと言われ四季のある国が育てた料理に他ならない。
鮨を食べるのであれば是非季節を目と舌で味わいたい物である。
なじみの鮨店から生のトリガイが入りました。
シンコが初入荷されました等と知らせがあれば鮨好きであれば何を置いても駆けつけるのではないだろうか。最近の若い人たちが好きな鮨ダネの№1にサケ(サーモン)を上げていると聞きおどろいたものである。
私の頭の中には北海道等でルイベにして食べる事はあってもサケを生で鮨ダネにして食べると言う感覚は無かった。
生食用のサケはノルウエーからの輸入であるらしい。
以前ノルウエーを旅した時にノルディックサーモンのマリネや、スモークサーモンを毎日のように食べ良いサケである事は実感した。
しかしそのつど、このサケを塩鮭にして食べたらどれ程おいしいだろうと思ったものである。
実際ノルウエーの列車の中で特別に日本人の飲食店で作ってもらったサケの塩焼き弁当を食べたのだがこれば真に美味しかった。
このサーモンの鮨は若い人ほど好む傾向にあり40代より上の年齢の人には好まれないと言うデーターもある。
統計からすればサケを生で食べる事へ抵抗があるのは年寄りと言う事になる。
今や江戸前鮨に欠かせないイクラやウニも元々江戸前鮨のネタには無かったものである。
それを考えれば近い将来サーモンが江戸前鮨の看板ネタと成ってもおかしくは無いのだが、少し複雑でもある。

                                                         文責:青木知廣
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by kosakai_blog | 2011-08-19 11:12 | 食のサロン
酒の肴 その31 《ゴーヤは酒の友とグリーンカーテンの一石二鳥》
東日本大震災により東京電力の福島原子力発電所のトラブルが発生し、一時は「計画停電」で振り回された方も多かった。
このトラブルの解消には長い時間を要するようで、政府からは、この夏は家庭や企業での節電の協力が発表され、企業や官庁ではクールビズの着用が始まった。
室内の温度を下げる効果についてはゴーヤを栽培してグリーンカーテンに取り組んでいる地域や学校も増えてきたようである。
夏のビールの友には、沖縄のゴーヤ料理を作る人も多い。
今は各地施設で栽培もしているので、収穫は夏に限っていないが、「夏」「沖縄」というキーワードからは、苦味のあるゴーヤチャンブルーを思いうかべる。
ククルビタシンの苦味とビールの苦味はお互いに味を邪魔しないのがビールの定番料理となっているようであ
る。
チャンブルーは沖縄の「混ぜる」という意味らしい。
沖縄は古くは中国、琉球の文化の影響を受け、その後は日本、アメリカの文化の影響を受けているので、「いろいろな文化が混ざっている」という意味だそうだが、あり合わせの食べ物や残りの食べ物を混ぜてつくる家庭料理がゴーヤチャンブルーのルーツである。
スライスしたゴーヤ(苦瓜)・豆腐・豚肉・卵などを混ぜて炒めた栄養バランスのよい料理であるから、酒を飲むときには栄養のある食品としてすすめたい野菜である。

                                                        文責:成瀬宇平
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by kosakai_blog | 2011-08-19 10:05 | 今月の酒の肴
酒の肴 その30 《初ガツオは酢味噌和えも美味しい》
先日、東京・日本橋の「マンダリン オリエンタル 東京」で開催された「日本橋薫かつを会」に参加し、初ガツオづくしの弁当を賞味した。
初ガツオをテーマにした落語を聴いた後の初ガツオ弁当である。
「カツオのたたき」はニンニクやショウガなどの香味野菜の風味で食べるのが常であるが、今回の弁当のカツオのたたきは酢味噌仕立てのたれで食べる。
初ガツオのように風味のある魚の身は、酢味噌で食べるほうが日本酒に合うようであった。
「甘い酢でくはれぬやつは初鰹」「すり鉢を賑やかに刷る初鰹」「初鰹銭とからしで二度泪」
「四月上旬に小判を味噌で食い」などの川柳があるように、昔から酢、味噌、辛子などがカツオをの刺身(たたき)の調味料に使用していたのである。

                                                          文責:成瀬宇平
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by kosakai_blog | 2011-08-19 09:58 | 今月の酒の肴
酒の肴 その29 《サクラエビは醤油味で》
駿河湾に注ぐ富士川の河口流域に生息するサクラエビは、表層に浮上する3~4月頃が旬である。
この流域は濁っていて栄養分や特殊なプランクトンが繁殖しているので、サクラエビの生息に適しているらしい。
この流域でサクラエビ漁が行われるようになったのは1894年(明治27)からである。
サクラエビの名は、1897年(明治30)に開催されたあるパーティにおいて、乾燥したサクラエビの色が淡紅色で桜の花に似た色にちなんで「桜蝦」と命名されたといわれている。
サクラエビは主として素干しの形で流通しているが、食塩濃度8~10%の沸騰水で数十秒で煮上げた「釜茹で」したものも低温流通している。
鮮度のよい生ものは、酢醤油・ショウガ醤油・おろし和えなどで肴とするのもよい。
サクラエビの甘味の主体はグリシンやベタインなどのアミノ酸で醤油などの塩味と合う。
この塩辛もうま味と塩味のバランスが酒の肴によく合う。
干すと淡紅色になり甘味はより一層強く感じる。

                                                         文責:成瀬宇平
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by kosakai_blog | 2011-08-18 17:35 | 今月の酒の肴
酒の肴 その28 《初夏の夕飯は海の幸で冷酒を》
秋から冬にかけて美味しくなる魚は多いが、春から初夏にかけて美味しくなる魚介類も多い。
サザエ、ハマグリなどの貝類が美味しくなる。
今回は、春から初夏の海の幸を提案する。
静岡県の興津・由比・蒲原地方でのサクラエビを干すピンクの絨毯を敷いたような場面は、春の風物詩として有名である。
また、4月の終り頃から日本料理店でのおすすめ料理が初カツオの料理である。
江戸時代は、「はつかつを女房は質を請けたがり」という川柳まであるように、初ものを手に入れた江戸時代の町人は、初ガツオを食べたことを自慢したかったようである。

                                                         文責:成瀬宇平
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by kosakai_blog | 2011-08-18 17:31 | 今月の酒の肴
調味料 その31 《調味料の歴史2》
◆昭和の調味料②◆

【戦中の調味料ー嗜好的調味料は二の次だった】
昭和時代に入ってからの戦中といっても、昭和12年(1937)に突入した日中戦争から、日中戦争の行き詰まりの打開のために昭和16年(1941)に開戦された太平洋戦争があった。
昭和45年8月15日に、日本は参戦した国々に無条件降伏した。
とくに、昭和45年8月にアメリカによる広島・長崎へ原子爆弾が投下され、世界で初めての被爆地となった。その後、原子爆弾により被爆した国民はいないが、原爆の実験により被爆した国民はいる。
今回の東日本大震災により発生した東京電力の福島原子発電所の事故による放射性物質の飛散や放射能による被爆は、すでに広島・長崎で経験しているから、決して起こってはならない事故と信じていた。
さて、日中戦争の突入以来、わが国の食糧事情は徐々に悪化し、食料の価格も上昇した。
米穀事情も急変し、コメが不足し、調味料も十分に存在しなくなった。
昭和15年には、味噌、醤油、砂糖などの食料や生活必需品は切符制となり、コメ、味噌、醤油などは統制となった。
すなわち、食料の通帳や切符が各家庭に割り当てられ、その割り当てられた量しか変えなかったのである。
終戦近い昭和18年、19年になると、さらに食料事情は悪化し、コメにイモやイモの茎、ヒエ、アワなどを混ぜてご飯とするようになった。
昭和20年8月に終戦となったが、戦争の末期から終戦直後は、人々はいかに空腹を満たし、栄養を補給するかが当座の目的で、調味料は二の次だった。
塩の消費量は減少し、海外からの輸入にたよっていた砂糖も激減した。
ダイズの輸入も減少したので醤油や味噌は、アメリカから輸入した脱脂大豆を原料として作った。
戦時中の家庭用の調味料は塩、砂糖、味噌、醤油が主体で、都会では入手するのに苦労した。
調味料は嗜好的な調味料と捉えられ、生産は停止した。
一方、昭和18年より生産を停止していたうま味調味料の生産が昭和21年頃から再開された。
いつの間にか、何でもうま味調味料を振りかけるようになった。
もともとのうま味調味料の製造の原料は昆布であったが、その後、ダイズや小麦粉が原料となる。
近年になり、以前からの合成からサトウキビの糖の発酵による製造へと発展した。

                                                         文責:成瀬宇平
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by kosakai_blog | 2011-08-18 17:25 | 調味料のいろは
調味料 その30 《調味料の歴史1》
◆昭和の調味料①◆

【第二次大戦前の調味料―砂糖は消費のバロメーター】
昭和初期の食生活は、大正12年の関東大震災により大きく変貌したといわれている。
震災前は、関東と関西の食文化はそれぞれ独立していた。
震災は東京を壊滅状態にし、その復興に大阪の料理や京都の料理が東京に進出し、東西の食文化の交流が始まり、東西の嗜好や味付けが平均化し始めた。
昭和年代に入り昭和10年頃までは、国内外とも不況であり、国内外では戦争や軍部による内乱が起こった。都会でカレーライスや支那そば(現在のラーメンまたは中華ソバ)が新しい食べ物として定着したのも昭和10年前だったようである。
この頃の農村の調味料の主体は、味噌・醤油・砂糖・塩であった。
1939年のドイツのポーランド侵入が発端となって開始された第二次世界大戦以前の活況期には、「砂糖は消費の文化のバロメーター」といわれたように好景気の時代であった。
昭和の初期の農家では、味噌や醤油は自分の家で醸造し、街場の人に有料・無料のいずれかで分けていた。
しかし、醤油の醸造は、味噌の醸造より手間がかかるので醤油の自家製造は徐々に消滅していった。
味噌に関しては「手前味噌」というフレーズがあるように、農家では自家醸造が盛んであった。
味噌が庶民的な食品となったのは応仁の乱(1467~1477年)であり、醤油は室町時代(1336~1573年)から調味料として使われていたが、贅沢品であった。
池田菊苗博士が昆布のうま味成分としてグルタミン酸を発見したのは、1908年(明治41)であり、水に溶けやすいグルタミン酸ナトリウムとして生産され、徐々に生産量が増加し、昭和12年には戦前のピークに達したが、その生産量は減少し、戦後再び増加している。
大正末期から昭和初期になり、カキフライやバター焼き、ハンバーグ、コロッケなどの西洋料理が普及し始めた。
マヨネーズは大正末期頃から徐々に増加している。
ソース類は幕末から使われているが、明治維新の文明開化に伴い輸入量が増え、東京・横浜・神戸なでの洋食屋で使うようになった。
国産のソースが発売されるようになったのは明治29年である。
当時は、ハイカラー調味料として注目されたようである。

                                                         文責:成瀬宇平
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by kosakai_blog | 2011-08-18 17:09 | 調味料のいろは
歳時記 その26 《食品メーカーもサプリメントを開発》
カツオ節に含まれるペプチド類(数個のアミノ酸が結合したもの)には、血圧降下作用があることは、数十年前から明らかにされ、カツオ節メーカーがサプリメントとしての「ペプチド」を販売していた。
その後、幾つかの水産食品メーカーも独自に開発し、販促に力を入れるようになった。
カツオ節の原料のカツオは脂肪が少なく、たんぱく質が多い。
カツオのたんぱく質には、血中コレステロール増加を抑える働きや、たんぱく質が分解してアミノ酸となり吸収される。
特に、カツオやカツオ節のヒスチジンは、肥満中枢を刺激するので、食欲を抑えるのに有効であるといわれている。
カツオは脂肪含有量が少なく、たんぱく質が多く含むので脂肪の摂取を少なめにし、脳の働きに適した魚といえる。
大海を高速で回遊するためには鉄分を含むたんぱく質であるミオグロビンが多く含まなければならないのでカツオの筋肉は赤い。
血合肉にはミオグロビンを多く含む。
この血合肉を利用したサプリメントが、カツオ節メーカー(マルトモ株式会社)が開発した鉄分補給のサプリメントである。
鉄欠乏性の貧血症になりやすい女性は、カツオの肉やカツオの血合肉を原料としたサプリメントを利用すれば貧血症の改善が期待できるのである。

                                                        文責:成瀬宇平
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by kosakai_blog | 2011-08-18 16:56 | 添加物歳時記
歳時記 その25 《果物は濃縮物やピューレにしてからの応用》
一般に、サプリメントには天然素材に含まれる機能性成分を抽出、精製、加工したものが多い。
よく知られているコラーゲンは、牛や豚、鶏、魚の鱗のコラーゲンを加工したものが多い。
ここに紹介する果物に含まれる機能性成分は、凍結乾燥した果物から調製するか、新鮮な果物をピューレにしたもので、カプセルや錠剤にして利用するサプリメントとして利用するのではなく、食品に添加することを目的としたものである。
ここでは、光洋商会の「カンザック」は、ブラックカラントの果皮の搾汁残渣から抽出したアントシアニン、ニュージーランドのキウイフルーツの果皮と種子を取り除いた「冷凍キウイフルーツピューレ」を紹介する。
ブラックカラントはニュージーランドに生育する果皮が紫色のベリー類の一種でアントシアニンを豊富に含み、アントシアニンは眼精疲労の回復や視力の向上に有効であることが知られている。
光洋商会の「カンザック」は、アントシアニンの熱による劣化を防ぐために凍結乾燥してから調製したもので、パウダー状である。
これは錠剤にもできるが、食品に付加価値を高めるのに本製品を添加することができる。
キウイはビタミンC・ビタミンE・葉酸などのビタミン類、マグネシウム・カリウムなどのミネラル類、食物繊維を含み、カゼの予防や血管の老化防止が期待されている。
冷凍キウイピューレの栄養成分が劣化していないので、食品に添加することにより機能性成分が付加されたアイスクリーム、ソフトドリンク、セミフローズンドリンクなどの食品に応用できるといえる。

                                                         文責:成瀬宇平
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by kosakai_blog | 2011-08-18 16:48 | 添加物歳時記



コラムや社内行事の模様をお伝えします。
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